親が生前に信託銀行を使って非上場株式を信託していた。相続が発生して自分が受益者になり、信託が終了したので株式を引き継いだ——そこまでは理解できても、その株式を発行会社に買い取ってもらうとき、税金の特例がどうなるかは見通しにくい部分です。
「信託経由で取得した株式は、通常の相続財産と同じように扱っていいのか」「みなし配当の特例や、相続税額を取得費に加算できる特例は、この場合にも使えるのか」——このような疑問を持つ方に向けて、国税庁が公表している質疑応答事例(譲渡所得20-05)をもとに整理します。
この記事でわかること
- 受益者等課税信託の仕組みと、相続との関係
- 信託財産の非上場株式を相続後に発行会社へ譲渡する場合の取扱い
- みなし配当特例(租税特別措置法第9条の7)の適用可否
- 相続税額の取得費加算の特例(租税特別措置法第39条)の適用可否
- 自分のケースが同じ取扱いになるかを確認するための判断ポイント
想定事例の設定
国税庁の質疑応答事例(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/joto/20/05.htm)に沿って、次の事実関係を前提とします。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 委託者兼当初受益者 | 被相続人・甲 |
| 受託者 | 信託銀行 |
| 信託財産 | 非上場会社の株式(本件株式) |
| 甲死亡後の受益者 | 子・乙 |
| 信託の種類 | 受益者等課税信託(所得税法第13条第1項本文の適用あり) |
| 乙の相続税 | 甲の相続に係る申告において納付すべき相続税額が生じている |
| 譲渡のタイミング | 相続税の申告書の提出期限の翌日以後3年を経過する日までに、本件株式をその発行会社へ譲渡 |
この事例で問われているのは、乙が本件株式を発行会社へ譲渡するとき、次の二つの特例を使えるかどうかです。
- みなし配当特例(措法第9条の7第1項)——非上場会社が自社株式を買い取る場合、通常は買取代金の一部が「みなし配当」として配当所得に区分されますが、相続した株式の場合は譲渡所得として課税できる特例
- 相続税額の取得費加算の特例(措法第39条第1項)——相続した財産を一定期間内に譲渡した場合に、支払った相続税額の一部を取得費に加算できる特例
結論:両方の特例を適用できる
国税庁の質疑応答事例は、この問いに対して明確に回答しています。
乙は、みなし配当特例および相続税額の取得費加算の特例の両方の適用を受けることができます。
以下では、なぜそのような結論になるのか、その理由を順に確認します。
判断の流れ:なぜ特例が使えるのか
ステップ① 受益者等課税信託とは何か
本件信託は「受益者等課税信託」に該当します。受益者等課税信託とは、所得税法第13条第1項本文が適用される信託であり、信託財産に属する資産・負債、および信託財産から生じる収益・費用は、受益者が直接保有・取得しているものとして課税される仕組みです。
この仕組みの下では、信託という「器」は税務上透明なものとして扱われます。信託銀行が株式を管理していても、税務上はあくまで受益者が株式を保有しているとみなされます。
ステップ② 甲の死亡により乙はどのように株式を取得したとみなされるか
甲が死亡したことにより、本件信託の受益者は乙に変わりました。受益者等課税信託において受益者が変わることは、相続税法第9条の2の規定により、新たな受益者(乙)が信託財産を遺贈により取得したものとみなされます。
つまり、信託の受益権を取得したのではなく、信託財産そのもの(本件株式)を遺贈で取得した、という税務上の取扱いになります。その結果、乙の取得した本件株式は相続税の課税価格の計算の基礎に算入されることになり、実際に乙には納付すべき相続税額が生じています。
ステップ③ 二つの特例の要件と本件の当てはめ
それぞれの特例の要件を確認し、本件がこれを満たすかを整理します。
| 特例 | 根拠条文 | 主な要件 | 本件での当てはめ |
|---|---|---|---|
| みなし配当特例 | 措法第9条の7第1項 | 相続税の課税価格の計算の基礎に算入された非上場会社の株式を、その発行会社に譲渡すること | 本件株式は遺贈取得とみなされ課税価格に算入済み。発行会社への譲渡も要件を満たす |
| 取得費加算の特例 | 措法第39条第1項 | 相続税の課税価格の計算の基礎に算入された財産を、申告期限の翌日以後3年以内に譲渡すること。かつ納付すべき相続税額があること | 同上。乙には納付相続税額があり、3年以内の譲渡という期間要件も満たす |
本件株式は「相続税の課税価格の計算の基礎に算入された非上場会社の株式」に該当するため、両特例の適用要件をいずれも満たします。
同様のケースで判断が分かれるポイント
この事例の取扱いを自分のケースに当てはめるとき、次の点を確認することが重要です。
確認① 信託が「受益者等課税信託」かどうか
信託にはいくつかの種類があり、課税の仕組みが異なります。本件の結論は、所得税法第13条第1項本文が適用される受益者等課税信託であることを前提としています。法人課税信託など別の類型に該当する場合は、取扱いが異なる可能性があります。信託契約書や信託銀行から交付される書類で確認してください。
確認② 相続税の課税価格に算入されているかどうか
みなし配当特例も取得費加算の特例も、「相続税の課税価格の計算の基礎に算入された」財産であることが前提です。申告の際に本件株式がきちんと課税価格に含まれているかどうかを、申告書の控えで確認してください。
確認③ 取得費加算の特例の3年以内という期限
取得費加算の特例は、相続税の申告書の提出期限の翌日から3年を経過する日までに譲渡することが要件です。この期限を1日でも過ぎると適用できなくなります。譲渡を検討しているなら、期限の管理を早めに行ってください。
確認④ 納付すべき相続税額があるかどうか
取得費加算の特例は、相続税を実際に納付していることが前提です。配偶者の税額軽減などの適用で相続税の納付額がゼロになっている場合は、適用できません。
よくある間違いとその原因
間違い①「信託経由だから通常の相続と別物」と思ってしまう
信託を使った財産管理は比較的新しい手法であるため、「信託で取得した財産は通常の相続財産とは違う扱いになるのでは」と誤解されることがあります。しかし受益者等課税信託の場合、税務上は信託という器を透過して、受益者が財産を直接取得したものとみなします。遺贈による取得とみなされる結果、相続財産と同様の特例が適用されます。
間違い② みなし配当特例を知らずに申告してしまう
非上場会社が自社株を買い取る場合、買取代金のうち資本金等の額を超える部分は原則として「みなし配当」として配当所得に区分されます。みなし配当特例を適用しないと、税率が高い総合課税の対象になる可能性があります。この特例は自動的には適用されないため、確定申告で明示的に適用を選択する必要があります。
間違い③ 取得費加算の特例の対象財産を確認しないまま申告する
取得費に加算できる相続税額は、譲渡した財産に対応する部分に限られます。複数の財産を相続している場合、相続税額の全額を加算できるわけではありません。計算方法を誤ると、加算額が過大または過少になりますので注意が必要です。
自分のケースを確認するチェックリスト
次の項目をすべて満たしていれば、本事例と同様の取扱いが期待されます。
- 被相続人が生前に設定した信託の受益者となったことで、株式を取得した
- その信託は受益者等課税信託(所得税法第13条第1項本文が適用される)に該当する
- 取得した株式は非上場会社が発行したものである
- 相続税の申告において、その株式が課税価格の計算の基礎に算入されている
- 自分(受益者)に納付すべき相続税額が生じている
- 株式を発行会社に譲渡する予定であり、かつ相続税申告期限の翌日から3年以内である
一つでも「いいえ」となる項目がある場合は、取扱いが変わる可能性がありますので、専門家に相談することをおすすめします。
税理士に相談した方がよいケース
次のいずれかに当てはまる場合は、自己判断せず税理士への相談をおすすめします。
- 信託の種類(受益者等課税信託か法人課税信託かなど)の確認ができていない
- 相続税申告において株式の評価や課税価格への算入方法に不安がある
- 取得費加算の特例の対象となる相続税額の計算方法がわからない
- みなし配当特例の確定申告での記載方法がわからない
- 3年以内の期限まで時間的な余裕が少ない
- 発行会社への譲渡価格の決め方(税務上適正な価額)に疑問がある
よくある質問
信託終了で株式を取得したのに、なぜ「遺贈」扱いになるのですか?
受益者等課税信託は、税務上、信託という器を透過して受益者が直接財産を保有しているものとして扱います。被相続人の死亡によって受益者が変わる場合、相続税法第9条の2の規定により、新受益者が信託財産を遺贈により取得したものとみなされます。信託の手続き上は「信託終了に伴う交付」であっても、税務の扱いは「遺贈による取得」です。
みなし配当特例を使わない場合、税負担はどう変わりますか?
みなし配当特例を使わない場合、発行会社への株式売却代金のうち一定部分が配当所得として総合課税(最高税率55%)の対象になります。特例を適用すると、その部分を含めて譲渡所得(申告分離課税、税率20.315%)として申告できます。税負担の差が大きくなる場合があるため、特例の適用漏れには特に注意が必要です。
相続税を配偶者の税額軽減でゼロにした場合、取得費加算の特例は使えますか?
取得費加算の特例は「納付すべき相続税額」があることが要件です。配偶者の税額軽減などの適用結果として相続税の納付額がゼロになった相続人は、この特例を適用できません。一方、同じ相続でも他の相続人(子など)に納付すべき相続税額がある場合は、その相続人は自身の持分に対して特例を使えます。
3年以内の期限を過ぎそうな場合はどうすれば良いですか?
残念ながら、期限を過ぎた譲渡については取得費加算の特例を適用できません。期限が迫っている場合は、譲渡のスケジュールや発行会社との交渉を急ぐ必要があります。また、3年以内に譲渡した場合でも、確定申告で特例を明示的に選択しなければ適用されません。期限管理と申告手続きの両面から、早めに専門家に相談することをおすすめします。
まとめ
被相続人が受益者等課税信託に非上場株式を組み入れていた場合、相続人がその株式を取得するのは税務上「遺贈による取得」とみなされます。その結果、株式は相続税の課税価格に算入され、みなし配当特例(措法第9条の7
本記事は情報提供を目的として作成しており、特定の税務判断を推奨するものではありません。実際の税務処理・申告については、税理士等の専門家にご相談ください。個別事情によって結論が異なる場合があります(免責事項)。