同じ年に2か所から退職金を受け取り、2か所目の会社に提出した「退職所得の受給に関する申告書」に、最初の退職金の金額を書き忘れてしまった——そういう状況に気づいたとき、「あとで確定申告すれば大丈夫では?」と考える方は少なくありません。
ところが、国税庁の質疑応答事例はこの考え方を明確に否定しています。確定申告による精算はできず、是正の手続きは支払者(会社)の側で行わなければなりません。なぜそうなるのか、誰が何をすべきなのかを、具体的なケースに沿って整理します。
この記事でわかること
- 申告書に前の退職金を記載し忘れた場合に何が起きるか
- 確定申告で精算できない理由
- 徴収不足税額はどのように是正されるのか
- 受給者(本人)と支払者(会社)それぞれがとるべき行動
まず結論
確定申告で精算することはできません。
申告書の記載漏れによって生じた源泉徴収の不足税額は、退職金を支払った会社(源泉徴収義務者)が直ちに徴収・納付する形で是正しなければならないと、国税庁の質疑応答事例および所得税基本通達で明示されています。
ただしこれは、申告書を提出したうえで記載が漏れていた場合の話です。申告書をそもそも提出していない場合は、扱いが逆になります。
| 申告書の状況 | 源泉徴収のされ方 | 精算の方法 |
|---|---|---|
| 提出したが、前の退職金の記載が漏れていた | 申告書の内容どおりに徴収(結果として不足) | 確定申告ではできない。支払者が徴収・納付して是正する |
| そもそも提出していない | 支払額に20.42%を一律で徴収 | 受給者本人が確定申告をして精算する(タックスアンサー No.2732) |
まず自分がどちらに当てはまるかを確認してください。以下はすべて、上の段(提出したが記載漏れ)のケースの話です。
想定ケース
以下のようなケースを前提として解説します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| A社から退職金 | 年の前半に受け取り済み |
| B社から退職金 | 同じ年の後半に受け取り |
| 申告書の状況 | B社に提出した申告書にA社分の金額を記載しなかった |
| 結果 | B社がA社分を加味せずに源泉徴収 → 本来より税額が少なくなった |
クリエイターの方でも、自分の法人の役員を退任して役員退職金を受け取った年に、勤務先を退職して退職金を受け取っていた、というように同じ年に2か所から退職金を受け取ることがあります。退職金は勤務先や役員としての退任にともなって支払われるものなので、業務委託で受け取る報酬はこれに当たりません。
論点:なぜ確定申告で精算できないのか
「退職所得の受給に関する申告書」の記載義務
退職金を受け取る際、受給者は「退職所得の受給に関する申告書」を支払者に提出します。この申告書には、その年中にすでに受け取った他の退職金があればその金額を記載しなければなりません(所得税法第203条第1項)。
これは、退職所得の計算が勤続年数に応じた控除と累進税率の組み合わせで行われるため、同一年中に複数の退職金が支払われる場合、後から支払われる分は前の退職金を合算して税額を計算しなければ正確な源泉徴収ができない仕組みになっているからです。
記載のない申告書は「誤りのある申告書」
前の退職金の金額を記載しないまま提出した申告書は、記載事項に誤りのある申告書と扱われます。支払者であるB社は、その誤った申告書の内容に基づいて源泉徴収を行ったことになります。
ここで問題になるのが「支払者は受給者の申告に基づいて徴収したのだから、あとは受給者が確定申告で精算すればよい」という考え方です。国税庁はこれを認めていません。
支払者には是正義務がある
所得税基本通達203-3は、退職所得の受給に関する申告書の記載事項に誤りがあったことにより徴収不足税額が生じた場合の支払者の措置について、194~198共-1の取扱いに準ずると定めています。
さらに所得税基本通達194~198共-1では、申告書の記載事項に誤りがあったことにより生じた徴収不足税額があることを知った場合、支払者は直ちにその不足税額を徴収し、納付するものとすると規定されています。
つまり、申告書の記載が誤っていた事実を知った時点で、B社は自ら不足税額を徴収・納付する対応が求められます。受給者が確定申告で自主的に精算する選択肢は、制度上用意されていません。
判断の流れ
以下のフローで、自分のケースがどのパターンに当たるかを確認してください。
| ステップ | 確認事項 | 判断 |
|---|---|---|
| 1 | 同じ年に2か所以上から退職金を受け取ったか | はい→次へ / いいえ→このケースに非該当 |
| 2 | 2か所目に「退職所得の受給に関する申告書」を提出したか | 提出した→次へ / 提出していない→このケースに非該当(受給者本人の確定申告で精算する) |
| 3 | 2か所目の申告書に1か所目の金額を記載したか | 記載した→通常通り源泉徴収済のはず / 記載しなかった→次へ |
| 4 | 記載漏れにより源泉税額に不足が生じているか | 不足あり→支払者(会社)に連絡が必要 |
| 5 | 確定申告で精算できるか | できない。支払者が是正する |
処理方法:誰が何をすべきか
受給者(本人)がすること
まず、申告書の記載漏れに気づいた時点で、退職金を支払った会社(B社)にすみやかに連絡することが第一です。
会社が徴収不足の事実を「知った」時点から是正義務が生じますので、本人から申し出ることで手続きを早期に進めることができます。不足税額は最終的に受給者から徴収されることになるため、放置しても解決しません。
支払者(会社)がすること
徴収不足の事実を知った場合、会社は次の手順で対応します。
- 本来徴収すべきだった税額と実際に徴収した税額の差額(不足税額)を計算する
- 受給者から不足税額を徴収する
- 徴収した不足税額を税務署に納付する
この一連の手続きは会社側で行うものであり、受給者が確定申告書を提出することで代替することはできません。
よくある間違いと、なぜ間違えるのか
「確定申告すればいいはず」と思ってしまう原因
給与所得や事業所得では、年末調整や確定申告によって過不足を精算する仕組みが広く知られています。そのため、退職所得でも「確定申告で精算できるだろう」と類推してしまうのは自然な発想です。
たしかに退職所得は、原則として分離課税の扱いで、申告書を提出して適正に源泉徴収を受けていれば確定申告は不要です。
ただし、確定申告で精算できない理由は「源泉徴収で課税が完結するから」ではありません。申告書を提出していない場合も退職所得が分離課税であることは同じですが、そちらは受給者本人が確定申告をして精算することとされています。
本当の理由は、申告書の記載に誤りがあった場合の是正を、通達が支払者の義務として定めているからです。同じ退職所得でも、申告書を出したかどうかで「誰が直すか」があらかじめ決められている、という構造の違いです。
「支払者は適法に徴収した」という誤解
誤った申告書の記載に基づいて源泉徴収した場合、「支払者は受給者の申告どおりに徴収したのだから、あとは受給者側の問題だ」と考えてしまうことがあります。
しかし国税庁は、この申告書を「記載事項に誤りのある申告書」として扱います。申告書そのものが無効になるわけではありません。無効であれば「提出していない場合」と同じ扱いになり、20.42%の源泉徴収と受給者本人の確定申告による精算になってしまいます。そうではなく、申告書は有効なまま、支払者が徴収不足を知った時点で是正義務を負う、という整理です。
したがって「受給者の申告に基づいて徴収したのだから対応は不要」とはなりません。
自分で確認できるチェックリスト
以下の項目を確認してください。
- 同じ年に複数の退職金を受け取っているか
- それぞれの退職金について「退職所得の受給に関する申告書」を提出したか(提出していないものがあれば、そちらは確定申告で精算する)
- 2か所目以降の申告書に、前の退職金の金額・支払者名を正確に記載したか
- 記載漏れがある場合、支払者(会社)にすでに連絡を取ったか
- 「確定申告で精算できる」と思ったまま放置していないか
税理士に相談した方がよいケース
次のような状況では、早めに専門家に相談することをお勧めします。
- 退職金の金額が大きく、不足税額が相当額になると見込まれる場合
- 支払者(会社)がすでに廃業・解散していて是正手続きを行う主体が不明な場合
- 複数の退職金が絡み、どの申告書のどの記載が問題かの特定が難しい場合
- 記載漏れを指摘されたのが税務調査の場であった場合
- 退職所得以外の所得と合算したときの影響を確認したい場合
よくある質問
記載漏れに気づいたのが退職金を受け取った翌年でも、是正できますか?
是正の手続きに期限はありますが、気づいた時点で速やかに対応することが重要です。支払者である会社がまだ存続しているなら、まず会社に連絡して不足税額の徴収・納付を行ってもらってください。時間が経つほど対応が複雑になる場合があるため、早期に行動することをお勧めします。
確定申告書を出すことで、不足税額を「自主的に精算」することはできませんか?
国税庁の質疑応答事例は、確定申告による精算を明確に否定しています。退職所得の源泉税の是正は、あくまでも支払者を通じて行う仕組みです。退職所得を確定申告書に記載して納付する形での精算は、このケースでは認められていません。
ただしこれは、申告書を提出したうえで記載が漏れていた場合の話です。申告書を提出していない退職金については、逆に受給者本人が確定申告をして精算することになります(タックスアンサー No.2732)。
会社が「知らなかった」として対応してくれない場合はどうすればよいですか?
受給者本人から申し出ることにより、会社は「徴収不足の事実を知った」状態になります。その後も会社が対応しない場合は、税務署への相談が選択肢になります。状況が複雑な場合は税理士に相談してください。
自分の法人を持っていて、複数の法人から役員退職金を受け取る場合も同じですか?
はい、同じルールが適用されます。複数の法人から役員退職金を受け取るケースでも、2か所目以降の申告書に前の退職金の金額を正確に記載する義務があります。記載漏れがあれば、是正の手続きも同様に支払者が行うことになります。
まとめ
同一年中に2か所から退職金を受け取り、2か所目の「退職所得の受給に関する申告書」に前の退職金の金額を記載しなかった場合、源泉徴収の不足税額が生じます。この不足税額は、確定申告で精算することはできません。
是正の責任は退職金の支払者(会社)にあり、所得税基本通達203-3および194~198共-1に基づき、会社が不足税額を直ちに徴収・納付するものとされています。受給者がすべきことは、気づいた時点で速やかに支払者に申し出ることです。
なお、申告書をそもそも提出していない退職金は扱いが異なります。この場合は20.42%が源泉徴収されたうえで、受給者本人が確定申告をして精算します。申告書を出したかどうかで、精算する人が入れ替わる点に注意してください。
「確定申告で直せるだろう」と放置すると、後から会社を通じた是正手続きが必要になるだけでなく、税務調査の際に問題として指摘されるリスクもあります。記載漏れに気づいたら、まず支払者である会社に連絡することを最初の行動としてください。
本記事は情報提供を目的として作成しており、特定の税務判断を推奨するものではありません。実際の税務処理・申告については、税理士等の専門家にご相談ください。個別事情によって結論が異なる場合があります。
広告収入・PR案件・海外プラットフォームからの入金など、収入源が多岐にわたる場合は税務処理も複雑になりがちです。不安な点があれば、税理士に相談してみてください。
毛利順活税理士事務所では、初回のご相談を無料で承っております。お気軽にお問い合わせください。