相続手続きを進めるなかで、「せっかくなら財産を社会のために役立てたい」と考え、国や地方公共団体などへの贈与を検討される方がいます。租税特別措置法第70条の相続税非課税規定を使えば、贈与した財産が相続税の課税対象から外れることは知っていても、「所得税の寄附金控除まで使えるのかどうか」は意外と見落とされがちな論点です。
さらに、株式や不動産など含み益のある財産を寄附した場合には、譲渡所得の非課税(租税特別措置法第40条)も関係してきます。この場合に寄附金控除の計算がどうなるのかは、国税庁の質疑応答事例に明確な答えが示されています。
この記事でわかること
- 相続財産を国等へ贈与した場合に寄附金控除が使えるかどうか
- 租税特別措置法第40条(譲渡所得の非課税)を同時に適用するケースでの控除額の計算
- 注意すべき条件と、税理士への相談が必要な場面
まず結論
相続財産を相続税の申告期限までに国または地方公共団体等へ贈与し、租税特別措置法第70条による相続税の非課税規定の適用を受けた場合でも、所得税の寄附金控除の対象となります。
ただし、同時に租税特別措置法第40条第1項(国等に対して財産を寄附した場合の譲渡所得等の非課税)の適用を受ける場合には、寄附金控除の対象となる金額は、その財産の取得価額(被相続人から引き継いだ取得価額)とされます(租税特別措置法第40条第19項)。
なお、この取扱いは遺言に基づかない贈与でも同様に適用されます。
この記事の対象となる方
- 相続により取得した財産(現金・株式・不動産など)を、相続税の申告期限までに国・地方公共団体・一定の公益法人等へ贈与しようとしている方
- 租税特別措置法第70条の相続税非課税規定の適用を受ける予定があり、あわせて所得税の寄附金控除も活用できるか確認したい方
- 贈与する財産に含み益がある場合(株式・不動産等)に、措法第40条との関係で控除額の計算がどうなるか知りたい方
想定ケースと論点の整理
ケース① 現金を国へ贈与するケース
相続で引き継いだ預貯金を、相続税の申告期限(相続開始を知った日の翌日から10か月以内)までに国や地方公共団体へ贈与するケースです。
この場合、租税特別措置法第70条により、その贈与した金額は相続税の課税価格から除外されます。さらに、贈与した年分の所得税の確定申告において寄附金控除の適用を受けることができます。
現金の場合は「取得価額」がそのまま贈与額と一致するため、譲渡所得の非課税(措法第40条)は問題になりません。寄附金控除の計算は通常どおり行うことができます。
ケース② 含み益のある株式や不動産を贈与するケース
相続で引き継いだ上場株式や不動産を、そのまま国等へ贈与するケースです。被相続人が低い価格で取得したものであれば、現在の時価との間に含み益が生じています。
このような財産を寄附した場合、通常であれば「時価で譲渡した」ものとして譲渡所得の課税対象になります。しかし租税特別措置法第40条第1項の適用を受けると、その譲渡所得等に対する所得税が非課税となります(一定の手続きが必要です)。
この場合の寄附金控除については、租税特別措置法第40条第19項の規定により、控除の対象となる金額は「その財産の取得価額(被相続人から引き継いだ取得価額)」とされます。時価(寄附時の評価額)ではありません。
二つの制度が重なる場合の取扱いを整理
| 項目 | 現金等(措法第40条を使わない場合) | 株式・不動産等(措法第40条を使う場合) |
|---|---|---|
| 相続税への効果(措法第70条) | 課税価格から除外 | 課税価格から除外 |
| 譲渡所得への効果 | 該当なし | 非課税(措法第40条第1項) |
| 寄附金控除の対象額 | 寄附した金額(通常どおり) | 被相続人から引き継いだ取得価額(措法第40条第19項) |
ポイントは「相続税の非課税」と「寄附金控除」は両立できるという点です。ただし、譲渡所得の非課税まで重ねて適用する場合には、寄附金控除の計算の基礎となる金額が時価ではなく取得価額に限定されます。
よくある間違い
「相続税で非課税になったから、所得税の控除は使えない」という思い込み
相続税と所得税は別の税目です。租税特別措置法第70条は相続税の課税価格の計算に関する規定であり、所得税の寄附金控除の可否とは直接の関係がありません。国税庁の質疑応答事例でも、この贈与が「寄附金控除の対象となります」と明示されています。
税目が違えば別の優遇措置が同時に適用できるのは珍しくありませんが、「一方を使ったら他方は使えないのでは」と考えてしまうのは自然な心理です。ただし、措法第40条(譲渡所得の非課税)を同時に使う場合は、寄附金控除の計算に制限がかかる点は見落とさないようにしてください。
「時価で控除できる」と思って計算してしまうケース
措法第40条の適用を受ける場合、寄附金控除の対象額は時価ではなく被相続人から引き継いだ取得価額です。取得価額が時価よりも大幅に低い場合は、期待していた控除額と実際の控除額に大きな差が生じることがあります。贈与前にこの計算を確認しておくことが重要です。
自分で確認できるチェックリスト
- 贈与の相手先は国・地方公共団体または租税特別措置法第70条が定める一定の者に該当するか
- 贈与のタイミングは相続税の申告期限内か
- 遺言に基づく贈与ではないことを確認しているか(遺言によらない贈与でも本取扱いは適用される)
- 贈与する財産が株式・不動産等の含み益がある資産の場合、措法第40条の適用手続きを確認しているか
- 措法第40条を使う場合、寄附金控除の計算に「取得価額(被相続人から引き継いだ価額)」を使うことを確認しているか
- 寄附金控除の適用を受けるために、令和8年分の所得税の確定申告が必要なことを把握しているか
税理士に相談した方がよいケース
次のような場合は、自己判断を避け、税理士への相談をおすすめします。
- 贈与する財産が株式・不動産など時価と取得価額の差が大きい資産で、措法第40条の適用手続きが必要なケース
- 相続人が複数おり、財産の一部のみを国等へ贈与する場合に、相続税・所得税の双方の計算への影響を確認したいケース
- 贈与先が地方公共団体ではなく公益社団法人・公益財団法人等の場合(一定の要件を満たすかどうかの確認が必要)
- 申告期限まで時間が少なく、手続きの優先順位を整理したいケース
- 寄附金控除の計算結果と相続税の軽減効果を総合的に比較して判断したいケース
よくある質問
遺言に基づかない贈与でも相続税の非課税規定は使えますか?
はい、使えます。国税庁の質疑応答事例でも「この寄附は遺言に基づくものではありません」という前提のもとで、相続税の非課税・寄附金控除ともに適用されると明示されています。
措法第40条の申請はどのように行いますか?
国税庁が定める手続きに従い、所轄の国税局長への申請が必要です。要件や書類が複雑なため、手続きの詳細は税理士または所轄税務署に確認されることをおすすめします。
寄附金控除は確定申告が必要ですか?
はい、寄附金控除は年末調整では適用されません。令和8年分の所得税について確定申告(令和9年2月16日〜3月15日)を行うことで適用を受けることができます。
相続税の申告期限を過ぎてから贈与した場合はどうなりますか?
租税特別措置法第70条の相続税非課税規定は、申告期限内に贈与することが要件とされています。期限を超えた場合はこの規定の適用を受けられません。所得税の寄附金控除は贈与の事実があれば別途検討できますが、相続税との組み合わせによる効果は失われます。
まとめ
相続財産を相続税の申告期限までに国等へ贈与した場合、租税特別措置法第70条による相続税の非課税と、所得税の寄附金控除は両立して適用を受けることができます。
ただし、含み益のある株式・不動産等を贈与して租税特別措置法第40条第1項(譲渡所得等の非課税)も同時に適用する場合には、寄附金控除の対象となる金額は時価ではなく被相続人から引き継いだ取得価額に限定されます(措法第40条第19項)。
この制限は、譲渡所得課税を免除してもらう代わりに控除額も抑える、という制度の趣旨から来ています。贈与前に取得価額を確認し、相続税・所得税の双方への影響を整理したうえで判断することが重要です。
本記事は情報提供を目的として作成しており、特定の税務判断を推奨するものではありません。実際の税務処理・申告については、税理士等の専門家にご相談ください。個別事情によって結論が異なる場合があります。
相続税は、財産の種類や相続人の状況によって計算方法や特例の適用が大きく変わります。「うちの場合はどうなるか」を知りたい方は、早めに税理士へご相談されることをおすすめします。
毛利順活税理士事務所では、初回のご相談を無料で承っております。お気軽にお問い合わせください。