農地を子どもに生前贈与することで、将来の相続税対策を考えている農家の方は少なくありません。ただし、贈与税の納税猶予の特例を使うには「農地の全部を一括贈与する」という条件があります。
ここで多くの方が疑問に思うのが次の点です。
- 近所の農家に長年貸し付けている農地がある
- その農地も一括贈与しないと納税猶予を使えないのか
- 貸付農地を除いて子どもに渡せるのなら、どう整理すればよいか
結論からお伝えすると、他人に貸し付けている農地は「贈与者が農業の用に供している農地」に当たらないため、一括贈与する必要はありません。国税庁の質疑応答事例でもこの点が明確に示されています。以下で、判断の根拠と実務上の注意点を詳しく確認します。
この記事でわかること
- 贈与税の納税猶予における「農地の全部一括贈与」の意味
- 貸付農地が対象から外れる理由と根拠
- 判断に迷いやすいケースとその考え方
- 手続きを進める前に確認しておきたいこと
贈与税の納税猶予の特例とは
贈与税の納税猶予の特例(租税特別措置法第70条の4)は、農業を営む人が生前に農地等を推定相続人に贈与した場合に、その贈与税の全部または一部の納税を猶予する制度です。将来その農地を相続した時点で贈与税が免除されることもあり、農業の承継を後押しする仕組みとなっています。
この特例を受けるための主な要件として、贈与者が農業の用に供している農地の全部を、推定相続人の一人に贈与することが求められます。「一部だけ贈与する」形では原則として特例を使えません。
「全部を贈与しなければならない」と聞くと、自分が所有するすべての農地を渡さなければならないと思いがちです。しかしここでいう「全部」とは、贈与者が農業の用に供している農地の全部を指します。他人に貸し付けている農地はこの「農業の用に供している農地」に含まれないため、贈与の対象から外しても特例の適用に支障はありません。
想定ケース:貸付農地と自作農地が混在する場合
ある農家の父(贈与者)が所有する農地の状況を例に整理します。なお、以下は制度の理解を助けるための説明用の想定事例であり、国税庁の質疑応答事例に具体的な数値は示されていません。
| 農地の区分 | 概要 | 一括贈与の要否 |
|---|---|---|
| 自ら耕作している農地 | 父が実際に農業の用に供している | 全部を贈与する必要あり |
| 他の農家に貸し付けている農地 | 父は農業の用に供していない | 贈与する必要なし |
この場合、父が「農業の用に供している農地」は自作農地のみです。贈与税の納税猶予を受けるには、その自作農地の全部を推定相続人(子など)の一人に贈与すれば足り、貸付農地は一括贈与の対象に含める必要はありません。
判断の根拠:国税庁の質疑応答事例
国税庁の質疑応答事例「貸付農地がある場合の贈与税の納税猶予の適用」(https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/sozoku/18/26.htm)では、次のように示されています。
贈与税の納税猶予の特例の適用を受けるためには、贈与者が農業の用に供している農地の全部を推定相続人の一人に贈与しなければなりません。したがって、他に貸し付けられている農地は、贈与者の農業の用に供していた農地には該当しないので、一括贈与する必要はありません。
ここで重要なのは「農業の用に供している農地」という文言です。貸し付けている農地は実際に農業に使っているのは借り手であり、贈与者(貸し主)自身ではありません。そのため、貸付農地は判定から除外してよいと明確に整理されています。
判断に迷いやすいケース
ケース①:一部の農地を季節ごとに貸し付けている場合
年間を通じて貸し付けている農地は上述のとおり対象外ですが、特定の期間だけ貸し付けて残りの期間は自ら耕作しているような農地は、実態に応じた判断が必要になります。贈与時点において「贈与者が農業の用に供している農地」かどうかが問われるため、貸付の実態・期間・契約内容を整理したうえで専門家に確認することをおすすめします。
ケース②:貸付農地も子どもに渡したい場合
「貸付農地は一括贈与に含めなくてよい」とはいえ、将来的には子どもに引き継がせたいと考える方もいるでしょう。その場合、貸付農地を別途贈与する方法も考えられますが、その贈与には通常の贈与税が課される可能性があります。また、令和6年以降の贈与については生前贈与加算の期間が相続開始前7年以内に拡大されている点も踏まえて、全体の承継プランを設計する必要があります。
ケース③:推定相続人が複数いる場合
「推定相続人の一人に」という要件にも注意が必要です。納税猶予の特例は、農地の全部を特定の推定相続人一人に贈与することが条件です。複数の子どもに農地を分けて贈与する形では、この特例を使うことができません。誰に贈与するかという点も、事前に家族で話し合っておく必要があります。
手続き前に確認しておきたいこと
贈与税の納税猶予の特例を検討する際には、以下の点を整理しておくと手続きがスムーズに進みます。
- 農地の区分整理:自作農地と貸付農地を明確に区別し、それぞれの面積・地番・貸付状況を把握する
- 貸付契約の内容確認:農地の貸付先、契約期間、賃料の有無などを書面で確認できる状態にしておく
- 推定相続人の確認:戸籍謄本等をもとに、法定相続人と推定相続人の関係を整理する
- 贈与を受ける側の要件確認:受贈者が農業に従事していること等の要件を満たしているかを確認する
- 農業委員会への届出:農地の贈与には農業委員会の許可・届出が必要なケースがある
これらの確認が不十分なまま手続きを進めると、特例の適用が認められないリスクがあります。農地の状況が複雑な場合は、早い段階で税理士と農業委員会の両方に相談することをおすすめします。
税理士に相談した方がよいケース
次のような状況では、自己判断を避けて専門家への相談を優先してください。
- 自作農地と貸付農地の区別が実態上あいまいで、どちらに分類すべきか迷う
- 贈与する農地に農業用施設や農家住宅が附属しており、農地以外の財産も一緒に動く
- 受贈者(子ども)がすでに別の農地で農業を営んでおり、権利関係が複雑
- 贈与後に貸付農地も子どもへ承継させる計画があり、相続税との兼ね合いで全体設計が必要
- 推定相続人が複数おり、農地以外の財産も含めた遺産分割の見通しを立てたい
よくある質問
貸付農地も含めて全部贈与しないと特例を使えませんか?
いいえ、使えます。贈与税の納税猶予の特例でいう「農地の全部」とは、贈与者が農業の用に供している農地の全部を指します。他人に貸し付けている農地は「農業の用に供していた農地」には当たらないため、一括贈与する必要はありません。国税庁の質疑応答事例でもこの点が明確に示されています。
貸付農地を贈与の対象に含めることはできますか?
含めること自体は可能ですが、含める必要はありません。ただし、貸付農地を贈与に含める場合は、農地の贈与に関する農業委員会の許可など別途必要な手続きが生じる場合があります。また、含めた農地が特例の対象資産として適格かどうかも別途確認が必要です。
一括贈与する農地の全部を渡さなかった場合、どうなりますか?
贈与者が農業の用に供している農地のうち一部でも贈与しない農地があると、原則として特例の適用を受けられません。「自作農地の全部を贈与する」という要件は厳格に解されます。贈与前に農地の範囲を正確に確認しておくことが重要です。
農地の贈与後に貸付農地を相続する場合、相続税はどうなりますか?
相続税の計算では、貸付農地の評価額は自用農地の評価額をもとに、賃借権等の評価額を差し引いた額となる場合があります。また、農地の納税猶予(相続税版)の要件を満たせるかどうかは別途確認が必要です。農地を含む財産全体の相続税試算は、専門家へのご相談をおすすめします。
まとめ
贈与税の納税猶予の特例における「農地の全部一括贈与」の「全部」とは、贈与者が農業の用に供している農地の全部を指します。他人に貸し付けている農地は贈与者自身が農業の用に供しているわけではないため、この判定から除外されます。国税庁の質疑応答事例が明確にこの解釈を示しており、貸付農地を一括贈与の対象に含める必要はありません。
一方で、貸付農地と自作農地の区別があいまいな場合や、将来の相続税まで見据えた承継プランを考える場合には、個別の状況に応じた慎重な判断が求められます。
本記事は情報提供を目的として作成しており、特定の税務判断を推奨するものではありません。実際の税務処理・申告については、税理士等の専門家にご相談ください。個別事情によって結論が異なる場合があります。
相続税は、財産の種類や相続人の状況によって計算方法や特例の適用が大きく変わります。「うちの場合はどうなるか」を知りたい方は、早めに税理士へご相談されることをおすすめします。
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